「クラシックとポップスは、別の音楽でしょう?」
——使っている理論は、まったく同じです。むしろ、あなたが第9章まで学んできたことのほとんどは、クラシックの作曲家たちが数百年かけて発明したものです。
この章では、誰もが知っている名曲をいま手に入れたばかりの言葉で読み解いてみます。クラシックが急に「読める」ようになる体験を、ぜひ味わってください。
| クラシックの言い方 | ポップスの言い方 | この記事では |
|---|---|---|
| 主和音 | トニック | I |
| 下属和音 | サブドミナント | IV |
| 属和音 | ドミナント | V |
| 属七の和音 | ドミナントセブンス | V7 |
| 終止形 | カデンツ | — |
| 六の和音 | 第1転回形 | I/III |
| 通奏低音(数字付き低音) | コードネーム | — |
言い方が違うだけで、指しているものは同じです。とくに通奏低音=コードネームの先祖という事実は、第11章の主役になります。
ヨハン・パッヘルベル|バロック
第6章で扱ったカノン進行の生みの親です。低音が同じ8つのコードをひたすら繰り返す上で、上のパートが少しずつ姿を変えていく——という構造でできています。
同じ低音型をくり返す手法をオスティナート(バッソ・オスティナート)といいます。やっていることは、現代のDTMでループを組むのと完全に同じです。
第8章で見た「4小節ループが人を気持ちよくさせる」という原理を、パッヘルベルは340年前に実装していたことになります。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|バロック
この曲には、メロディがありません。最初から最後まで、コードをバラして弾いているだけ——つまりアルペジオだけでできた曲です(第2章)。
冒頭の4小節は、次のように進みます。
Dm7/C、G7/B——現代のポップス譜面とまったく同じ書き方で表せます。
この曲が「アルペジオ練習の最高の教材」と言われるのは、コード進行の骨格が、装飾なしでむき出しになっているからです。第9章でアルペジオ練習の話をしましたが、その究極の教材が300年前からあるわけです。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|古典派
「ソナチネアルバム」でおなじみ、ピアノを習った人なら必ず通る曲です。使われているコードは、驚くほど単純。ほとんど I・IV・V だけでできています。
左手が「ド・ソ・ミ・ソ」と規則的に動き続ける伴奏形をアルベルティ・バスといいます。コードをバラして、決まったパターンで回す——これも第2章のアルペジオの応用です。
現代のポップスでいえば、ピアノの定番バッキングパターンそのもの。250年前から変わっていません。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|古典派〜ロマン派
世界でいちばん有名なメロディの一つ。ところが、その和音は驚くほど質素です。ほぼ I・IV・V の3つだけ——第1章でやったスリーコードで書かれています。
この事実は、作曲を始めた人にとっていちばん勇気の出る話だと思います。
コードを増やせば良くなるわけではない。むしろ減らしたほうが、メロディの力がまっすぐ伝わる。ベートーヴェンがここで証明しているのは、そういうことです。
フレデリック・ショパン|ロマン派
右手はほとんど同じ音を鳴らし続けるだけ。動いているのは左手の和音だけで、それが半音ずつ、ゆっくりと下降していきます。
これは第6章でやったクリシェの極致です。1音ずつしか動かないのに、これほど深い悲しみが生まれる。
この曲はコードを派手に動かしていません。むしろ動きを極限まで減らして、そのぶん1つ1つの変化を重くしている。
第8章の「盛り上げたいときは、まず減らすことを考える」という原則が、ここでも生きています。
エリック・サティ|近代フランス
あのふわふわと宙に浮いた響きの正体は、実にシンプルです。M7(メジャーセブンス)を、ゆっくり交互に鳴らしているだけ。
ふつうなら V のところにD7(進みたがるコード)を置きます。でもサティはDM7を選びました。進む力をわざと抜いているのです。
第5章で学んだ「V7は帰りたがる」を知ったうえで使わない——これがサティの発明です。60年後のジャズやシティポップの響きを、先取りしていたと言えます。
リヒャルト・ワーグナー|ロマン派
音楽史をひっくり返した和音があります。冒頭に登場するトリスタン和音——ファ・シ・レ♯・ソ♯の4音です。
この和音は、どのコードネームで呼べばいいのか、いまだに議論が続いています。そして重要なのは、解決しないこと。
第5章でやったとおり、緊張したコードはトニックへ帰るのが約束でした。ところがワーグナーは、緊張を解決させずに、次の緊張へ引き渡し続けたのです。曲の最後まで、ずっと。
「帰る場所」があやふやになる——ここから調性音楽の解体が始まり、20世紀の音楽が生まれました。
クロード・ドビュッシー|近代フランス
ドビュッシーがやったのは、「コードは進まなければならない」というルールを捨てることでした。彼にとってコードは「進行するもの」ではなく「色」だったのです。
機能を無視して、同じ形のコードをスライドさせるだけ。禁じ手とされていた平行進行を、あえて主役にしました。
すべての音の距離が全音。半音がないので導音が存在せず、どこにも帰れません。夢・霧・水面の表現に使われました。
ドビュッシーが持ち込んだ「M7・9th・平行和音・モード」という語彙は、そのままジャズへ、そしてシティポップ・ゲーム音楽・アニメ音楽へと流れ込みました。あなたが「おしゃれ」と感じる響きのルーツは、ほぼここにあります。
第7章で紹介したノンダイアトニックのいくつかは、クラシックが発明したものです。
| 名前 | ハ長調で | 由来と使いどころ | 聴く |
|---|---|---|---|
| ナポリの和音 ♭II | D♭ | 18世紀ナポリ楽派。重く荘厳。ベートーヴェンやショパンが劇的な場面で多用 | |
| ドイツの増六和音 | A♭・ド・ミ♭・ファ♯ | Vへ強烈に進む切り札。鳴る音は A♭7 とほぼ同じ | |
| 減七の和音 dim7 | Cdim7 | 嵐・運命・破滅の場面の常連。等間隔なのでどこへでも転調できる(第3章) | |
| ピカルディ終止 | Am … → A | 短調の曲を、最後だけ長調で終わらせる。バロックの定番。救いが差し込むような効果 |
「A♭・ド・ミ♭・ファ♯」は、聴いた音としては A♭7(A♭・ド・ミ♭・ソ♭)と同じ。そしてこれは D7(Vのドミナント)の裏コードにあたります(第7章)。
200年前のクラシックの切り札と、ジャズの洒落たテクニックが、まったく同じ音だった。——理論を学ぶ醍醐味は、こういう発見にあります。
バロック時代、短調の曲でも最後の和音だけは長三和音にするという習慣がありました。ピカルディ終止(ピカルディの3度)といいます。
クラシックを「読める」ようになると、演奏が変わります
同じ楽譜でも、「ここでナポリの和音が来る」と分かって弾くのと、分からずに弾くのとでは、音が変わります。TOKYOミュージックカラー音楽教室では、クラシックのレッスンでも和声の話を交えて進めています。会員アプリ「マイミュージックカラー」の音楽辞典・メトロノーム・チューナーは無料です。
メールアドレスまたはLINEで、1分ほどで登録できます。| 時代 | 代表 | コードの扱い方 |
|---|---|---|
| バロック 1600–1750 | パッヘルベル バッハ | 低音が主役。通奏低音の上に和音を積む。オスティナート(ループ)と対位法。コードという概念が形を持ち始める |
| 古典派 1750–1820 | モーツァルト ハイドン | I・IV・Vで十分。機能和声が完成し、カデンツが「文法」として確立。形式美の時代 |
| ロマン派 1820–1900 | ショパン ワーグナー | 半音階と転調が急増。借用和音・増六・減七を駆使し、感情表現が極限まで拡張。やがて調性そのものが揺らぐ |
| 近代 1890– | ドビュッシー サティ・ラヴェル | コードは「進行」から「色」へ。M7・9th・平行和音・モード・全音音階。ジャズとポップスの語彙がここで生まれる |
ここまで見てきて、ひとつの疑問が浮かんでいるかもしれません。「そもそもコードって、いつ、どうやって生まれたの?」
次の第11章では、単旋律の聖歌から現代のポップスまで、1000年の物語をたどります。
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