第10章|クラシック名曲のコード進行

「クラシックとポップスは、別の音楽でしょう?」
——使っている理論は、まったく同じです。むしろ、あなたが第9章まで学んできたことのほとんどは、クラシックの作曲家たちが数百年かけて発明したものです。
この章では、誰もが知っている名曲をいま手に入れたばかりの言葉で読み解いてみます。クラシックが急に「読める」ようになる体験を、ぜひ味わってください。

用語だけ、先に対応させておきます
クラシックの言い方ポップスの言い方この記事では
主和音トニックI
下属和音サブドミナントIV
属和音ドミナントV
属七の和音ドミナントセブンスV7
終止形カデンツ
六の和音第1転回形I/III
通奏低音(数字付き低音)コードネーム

言い方が違うだけで、指しているものは同じです。とくに通奏低音=コードネームの先祖という事実は、第11章の主役になります。

① パッヘルベル「カノン ニ長調」(1680年ごろ)

ヨハン・パッヘルベル|バロック

第6章で扱ったカノン進行の生みの親です。低音が同じ8つのコードをひたすら繰り返す上で、上のパートが少しずつ姿を変えていく——という構造でできています。

オスティナート=現代のループそのもの

同じ低音型をくり返す手法をオスティナート(バッソ・オスティナート)といいます。やっていることは、現代のDTMでループを組むのと完全に同じです。
第8章で見た「4小節ループが人を気持ちよくさせる」という原理を、パッヘルベルは340年前に実装していたことになります。

② バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 プレリュード」(1722年)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|バロック

この曲には、メロディがありません。最初から最後まで、コードをバラして弾いているだけ——つまりアルペジオだけでできた曲です(第2章)。

冒頭の4小節は、次のように進みます。

これ、第2章でやった分数コードです

Dm7/CG7/B——現代のポップス譜面とまったく同じ書き方で表せます。
この曲が「アルペジオ練習の最高の教材」と言われるのは、コード進行の骨格が、装飾なしでむき出しになっているからです。第9章でアルペジオ練習の話をしましたが、その究極の教材が300年前からあるわけです。

③ モーツァルト「ピアノソナタ第16番 ハ長調 K.545」(1788年)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|古典派

「ソナチネアルバム」でおなじみ、ピアノを習った人なら必ず通る曲です。使われているコードは、驚くほど単純。ほとんど I・IV・V だけでできています。

アルベルティ・バス=左手の伴奏形

左手が「ド・ソ・ミ・ソ」と規則的に動き続ける伴奏形をアルベルティ・バスといいます。コードをバラして、決まったパターンで回す——これも第2章のアルペジオの応用です。

現代のポップスでいえば、ピアノの定番バッキングパターンそのもの。250年前から変わっていません。

④ ベートーヴェン「歓喜の歌」(交響曲第9番より・1824年)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|古典派〜ロマン派

世界でいちばん有名なメロディの一つ。ところが、その和音は驚くほど質素です。ほぼ I・IV・V の3つだけ——第1章でやったスリーコードで書かれています。

複雑なコードは、名曲の条件ではありません

この事実は、作曲を始めた人にとっていちばん勇気の出る話だと思います。
コードを増やせば良くなるわけではない。むしろ減らしたほうが、メロディの力がまっすぐ伝わる。ベートーヴェンがここで証明しているのは、そういうことです。

⑤ ショパン「前奏曲 ホ短調 Op.28-4」(1839年)

フレデリック・ショパン|ロマン派

右手はほとんど同じ音を鳴らし続けるだけ。動いているのは左手の和音だけで、それが半音ずつ、ゆっくりと下降していきます

これは第6章でやったクリシェの極致です。1音ずつしか動かないのに、これほど深い悲しみが生まれる。

「減らして深くする」という発想

この曲はコードを派手に動かしていません。むしろ動きを極限まで減らして、そのぶん1つ1つの変化を重くしている
第8章の「盛り上げたいときは、まず減らすことを考える」という原則が、ここでも生きています。

⑥ サティ「ジムノペディ第1番」(1888年)

エリック・サティ|近代フランス

あのふわふわと宙に浮いた響きの正体は、実にシンプルです。M7(メジャーセブンス)を、ゆっくり交互に鳴らしているだけ。

V7を使わない、という選択

ふつうなら V のところにD7(進みたがるコード)を置きます。でもサティはDM7を選びました。進む力をわざと抜いているのです。
第5章で学んだ「V7は帰りたがる」を知ったうえで使わない——これがサティの発明です。60年後のジャズやシティポップの響きを、先取りしていたと言えます。

⑦ ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」前奏曲(1859年)

リヒャルト・ワーグナー|ロマン派

音楽史をひっくり返した和音があります。冒頭に登場するトリスタン和音——ファ・シ・レ♯・ソ♯の4音です。

何がそんなに衝撃的だったのか

この和音は、どのコードネームで呼べばいいのか、いまだに議論が続いています。そして重要なのは、解決しないこと
第5章でやったとおり、緊張したコードはトニックへ帰るのが約束でした。ところがワーグナーは、緊張を解決させずに、次の緊張へ引き渡し続けたのです。曲の最後まで、ずっと。
「帰る場所」があやふやになる——ここから調性音楽の解体が始まり、20世紀の音楽が生まれました。

⑧ ドビュッシー(1862–1918)|機能和声からの解放

クロード・ドビュッシー|近代フランス

ドビュッシーがやったのは、「コードは進まなければならない」というルールを捨てることでした。彼にとってコードは「進行するもの」ではなく「色」だったのです。

技法①|平行和音(同じ形のまま平行移動する)

機能を無視して、同じ形のコードをスライドさせるだけ。禁じ手とされていた平行進行を、あえて主役にしました。

技法②|全音音階(第4章)

すべての音の距離が全音。半音がないので導音が存在せず、どこにも帰れません。夢・霧・水面の表現に使われました。

現代への影響は、はかりしれません

ドビュッシーが持ち込んだ「M7・9th・平行和音・モード」という語彙は、そのままジャズへ、そしてシティポップ・ゲーム音楽・アニメ音楽へと流れ込みました。あなたが「おしゃれ」と感じる響きのルーツは、ほぼここにあります。

クラシックが生んだ「切り札」和音

第7章で紹介したノンダイアトニックのいくつかは、クラシックが発明したものです。

名前ハ長調で由来と使いどころ聴く
ナポリの和音
♭II
D♭18世紀ナポリ楽派。重く荘厳。ベートーヴェンやショパンが劇的な場面で多用
ドイツの増六和音A♭・ド・ミ♭・ファ♯Vへ強烈に進む切り札。鳴る音は A♭7 とほぼ同じ
減七の和音
dim7
Cdim7嵐・運命・破滅の場面の常連。等間隔なのでどこへでも転調できる(第3章)
ピカルディ終止Am … → A短調の曲を、最後だけ長調で終わらせる。バロックの定番。救いが差し込むような効果
ドイツの増六=ジャズの裏コードでした

「A♭・ド・ミ♭・ファ♯」は、聴いた音としては A♭7(A♭・ド・ミ♭・ソ♭)と同じ。そしてこれは D7(Vのドミナント)の裏コードにあたります(第7章)。
200年前のクラシックの切り札と、ジャズの洒落たテクニックが、まったく同じ音だった。——理論を学ぶ醍醐味は、こういう発見にあります。

ピカルディ終止|短調の曲を、最後だけ明るく

バロック時代、短調の曲でも最後の和音だけは長三和音にするという習慣がありました。ピカルディ終止(ピカルディの3度)といいます。

聴き比べ:Am で終わるか、A で終わるか
MY MUSIC COLOR

クラシックを「読める」ようになると、演奏が変わります

同じ楽譜でも、「ここでナポリの和音が来る」と分かって弾くのと、分からずに弾くのとでは、音が変わります。TOKYOミュージックカラー音楽教室では、クラシックのレッスンでも和声の話を交えて進めています。会員アプリ「マイミュージックカラー」の音楽辞典・メトロノーム・チューナーは無料です。

無料会員に登録する

メールアドレスまたはLINEで、1分ほどで登録できます。

時代ごとの「コードの使い方」まとめ

時代代表コードの扱い方
バロック
1600–1750
パッヘルベル
バッハ
低音が主役。通奏低音の上に和音を積む。オスティナート(ループ)と対位法。コードという概念が形を持ち始める
古典派
1750–1820
モーツァルト
ハイドン
I・IV・Vで十分。機能和声が完成し、カデンツが「文法」として確立。形式美の時代
ロマン派
1820–1900
ショパン
ワーグナー
半音階と転調が急増。借用和音・増六・減七を駆使し、感情表現が極限まで拡張。やがて調性そのものが揺らぐ
近代
1890–
ドビュッシー
サティ・ラヴェル
コードは「進行」から「色」へ。M7・9th・平行和音・モード・全音音階。ジャズとポップスの語彙がここで生まれる

第10章のまとめ

この章で分かったこと
  • クラシックとポップスは同じ理論。用語が違うだけ
  • カノン進行のループ、平均律のアルペジオ、アルベルティ・バス——現代の技法はすべて数百年前からある
  • 「歓喜の歌」はスリーコードだけ。複雑さは名曲の条件ではない
  • ショパンの半音下降=クリシェの極致。減らして深くする
  • サティはV7をあえて使わなかった。進む力を抜くという発明
  • ワーグナーの解決しない和音から、20世紀の音楽が始まった
  • ドビュッシーのM7・平行和音・モードが、ジャズとシティポップの源流
  • ドイツの増六=ジャズの裏コード。時代を超えて同じ音が使われている

ここまで見てきて、ひとつの疑問が浮かんでいるかもしれません。「そもそもコードって、いつ、どうやって生まれたの?」
次の第11章では、単旋律の聖歌から現代のポップスまで、1000年の物語をたどります。

< もくじにもどる

クラシックも、コードで読み解けます

TOKYOミュージックカラー音楽教室では、クラシックのレッスンも、ポップスのレッスンも、同じ音楽の言葉で教えています。「バッハもやりたいし、好きなアーティストの曲も弾きたい」——そんな欲張りなご希望が、いちばん歓迎です。オンラインレッスンにも対応しています。

あとで見返す・家族に相談する

LINEの「Keepメモ」に送っておくと、あとからすぐ開けます。

練習に役立つ無料アプリ「マイミュージックカラー」

運指表、練習の記録、教材動画などをスマホでいつでも。
お住まいの地域を問わず、どなたでも無料でご利用いただけます。

  • 登録・利用は無料です。教室に通っていない方もご利用いただけます。

加古川・明石・姫路・播磨エリアにお住まいの方へ

■TOKYOミュージックカラー音楽教室は、兵庫県加古川市を中心に教室を開いています。お近くの方は、ぜひ一度体験レッスンで楽器に触れてみてください。

■お問い合わせはメールフォームもしくは公式LINEから承っております。

全国の教室を探す

TOKYOミュージックカラー音楽教室 教室をさがす